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 風水師(鑑定士)、プロフィールの紹介


氏 名:千堂霊山(せんどう れいざん)
1953年7月21日生まれ、長崎県出身
『風水研究家』、『観相学 研究家』、『神霊研究』

横浜市青葉区市ヶ尾町、在住

好きな事:古寺・神社めぐり、骨董品鑑賞
尊敬する人物:出口王仁三郎、空海、勝海舟

子供の頃から、直感みたいなものがありましたが、40歳頃から、直感・予感・インスピレーションが冴え、自分の能力に目覚めることになりました。後ろに、「天使?」のような存在が見えると言う人もいますが、亡くなられた「小野田寛朗 氏」もそうでした。

風水鑑定、四柱推命、易鑑定から、お祓い・除霊、護符の製作まで、一通りのことはすべてこなします。何でもご相談ください。

風水鑑定では、「霊視、直感・インスピレーション」を交えてお伝えします。時として、「家のようす」が脳裏に浮かぶことがあります。現場に行くと、ピタリと一致して、お客様が驚かれることがあります。



風水師(鑑定士)

→これまでの出来事
(不思議体験)

この道に入って約20余年。
前職は会社員で、仕事のかたわら(社会奉仕)、約10数年間、さまざまな問題を抱える人の相談にのってきました。この経験が今日のベースになり、おかげさまで、どんな相談にも対応できるようになりました。感謝。

サラリーマン時代は、仕事と社会奉仕の「二足わらじ」でした。一時期、業務用ゲームソフト会社に勤めていたこともありますが、サラリーマン時代の大半は、病院や歯科医院を対象とした歯科の営業に携っていました。病院の先生・ドクターを相手にする営業現場での苦労、これも大切な人生経験でした。感謝
 直感・予感、インスピレーションの始まり
人と向き合ったとき、無意識のうちに湧き上がる「直感・予感・インスピレーション!」。この”インスピレーション”の強さを実感したのは、それはずっ〜と昔のある出来事でした。私もまだ年若い頃、30歳前後の頃だったでしょう。

今は亡き「某総理大臣」・・・私がお会いした頃は、(将来の総理大臣候補として)、有力視されていましたが、これからという感じでした。知人を訪ねたとき、偶然そこに居合わせ、島根県選出の国会議員ということで紹介され、言葉を交わしたことがありました。

で、突然心に湧きあがったのは、「この人は将来、総理大臣になる」という思いでした。それは無意識から出たものでした。(後から聞いた話によると、「総理大臣になると言われて随分喜んでいた」、との話でした)。それから十数年の歳月を経て・・・、総理大臣になったのである。

その後、これも偶然でしたが、お会いする機会がありました。その時も同じような思いが湧き、それで、「やめる時期」を言ったことがありました。だが、結果的にスキャンダルにまみれ、時を同じくして、任期途中で退陣となったのである。-−

今思うと、現役の総理大臣に向かって、『やめた方がいい』など‥その頃は、私もまだ若かった(^^;)。年若い頃でした。後日、伝え聞いたところによると、「総理大臣が怒っていた」という話でした。それは怒るでしょうね(-.-)。。実は、鑑定を頼まれたわけではなかったが、私としては、たまたま目の前にいたので、脳裏を横切った「インスピレーション」を伝えただけのことでしたが…。あれから20年以上も経ち、懐かしい話です。。

その当時の私は、単に”カン”が当たる程度にしか思ってませんでしたが、度々そのようなことがありました。この直感を自覚するようになったのは、後々になってからでした。(こうした出会いの中で、国会議員の諸先生とのご縁もできました)
 「易道学校」〜本物の風水師を目指して
それから十数年後、縁あって、都内にある70余年の歴史をもつ「易道学校」(昭和13年創立)で学ぶ機会を得て、風水師としてこの道を歩むことになりました、感謝!

一時期、「これから何をやったらよいか・・・」、迷っていたことがありました。偶然、目の前にあった雑誌(新聞か?)に載っていたのが 占い関係の「広告」でした。それで数社の広告を手で切り取り、それをまとめて上にポンとほうり投げたのでした。広告はパラパラと床に落ちたのでしたが、一枚だけ(まるでこれ見よという感じに)、テーブルの上に留まり、それが「易道学校」でした。それがご縁の始まりでした。

これも今思えば、不思議な出来事です。
それで数日後、易道学校を訪ねたのですが、普段は学校に来られても、顔を出してすぐ帰られる「理事長先生」が、その日に限っては帰るに帰れず、夕方まで学校におられ、まるで私が訪ねて来るのを待つかのようにして対面となったのである。

で、全くの初対面でしたが、最初の言葉が「待っていた?」という言葉でした?
(それから六、七年後でした、理事長先生がお亡くなりになったのは)。

大先生が言うには・・・『過去何十年の間、何万人もの人を鑑定し、また数千人の人が学校を卒業して占い師や風水師となったが、とにかく、あなたは「勢い・パワー」が違う。このような人は初めて見た』・・・との言葉をいただくことになりました(合掌)。

「勢い、パワー?」。その当時、私は「気功やヒーリング」を駆使した病気治癒の仕事もしていたので、エネルギーの強さと思っていました。しかしよく聞くと、それは先を見通す力のことでした。その頃は「ダウジング」をやったりすると、あまりに激しく回りすぎて、クサリの部分がちぎれて飛んでいったりしました。

他方、気がかりな事も多少ありました。
先輩の諸先生からは、「当たりすぎると、変に思われるかもしれない、注意したほうがいい」と言われたことです。この点は注意しています。(風水師としての評価は嬉しいことですが、決しておごることなく、自分を磨く ことに日々努力を重ねてきました。

「易学」・・・2005年、2006年に、二回ほど四国に修行に出かけました。
この世界では”伝説の人物”、「易学の大家」と言われる大先生に会い、教えを請うことができ、直々に「易」を伝授していただくことができました。大先生はご高齢になられ(入院中でしたが)、その熱意は衰えておらず、本物の「易学」の一端を垣間見ることができました。感謝、合掌。  
文章作成、文責・事務局 岡部